台風情報でよく聞く「南大東島」がトリビアまみれの島だった

2017.08.16
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前回、「夏の離島ランキング、1位は黒島。「フォトジェニックな島」が上位独占 」という記事を紹介しましたが、今回は台風のニュースなどで、よく耳にする「南大東島」をご紹介します。聞いたことはあっても、実際どこにあるのか、どんな島なのかはよく知らないという方も多いのでは? 実は沖縄県に属しながらも、沖縄と微妙に違う、オリジナリティあふれる南大東島の知られざる魅力を紹介します。

トリビア満載!? 沖縄であって沖縄でない、ダイナミックでユニークな南大東島

岩をくり抜いた「海軍棒プール」。砂浜がない大東島ではプールで海水浴を楽しみます。シュノーケリングにもおすすめ!

今年も台風シーズンがやってきましたね。毎年、台風の季節になると天気予報やTVのニュースで耳にするのが「大東島」

毎回台風ニュースの中継所となるのがここホテルよしさと

毎回台風ニュースの中継所となるのがここホテルよしさと

正確に言えば大東島という名前の島はなく、「南大東島」と「北大東島」、無人島の「沖大東島」等からなる島々を総称して「大東諸島」と呼ばれています。

名前は知っているという人がほとんどだと思いますが、では「大東諸島」(※以下大東島表記)が日本のどこにあるのか?と聞かれると、言葉に詰まってしまうのではないでしょうか?

地図を見てみると、沖縄本島の東340kmの太平洋にポツンと浮かぶ孤島がそれです。行政区分的には沖縄県に属しますが、地理的にも歴史的にも文化的にも沖縄と呼ぶにはかなり無理があるなかなかユニークな島々。今回は、そんな「大東島」についてちょっとお話したいと思います。

 

トリビア1:実は人が住んでまだ100年たってない

そもそもこの絶海の孤島に人が住むようになったのは、今からたった100年ちょっと前のこと。奄美や沖縄の島々では遠くにこの無人島があることを早くから知っていたようですが、初めて国際的な地図に登場したのは1820年のこと。

ロシアの帆船「ボロジノ号」によって発見され「ボロジノ諸島」として掲載されたのが始まりです。その後、1885年(明治18年)には正式に日本領土となりましたが、ぐるりと険しい断崖絶壁に囲まれて海に浮かぶこの島にはなかなか上陸が難しく、幾度ものトライの後、ようやく八丈島出身の玉置半右衛門氏による開拓団が南大東島への上陸を果たしたのは1900年(明治33年)のことでした。

集落メイン通り

島の中心集落「在所」の繁華街

昼間の飲み屋ストリート

昼間の飲み屋ストリート。飲み屋街も充実しています。

飲み屋ストリート

夜になるとこんな感じで赤提灯がともります。

島の商店

島の商店「与儀商店」。食品はもちろん様々な生活雑貨、工具や農具までもが揃います。

 

島の歴史は開拓とともにあり、サトウキビや燐鉱採掘などのプランテーション経営を軸に急激に成長。

開拓にあたったのは、八丈島や伊豆諸島からの入植者や沖縄や奄美からの出稼ぎ者。台湾からの出稼ぎ者も多くいたそうです。交通や郵便をはじめ学校や病院が企業経営で行われていたというのも特徴で、最盛期には島でしか使うことのできない「金券」が発行され、シュガートレインも走っていたそう。

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沖縄で最初に鉄道が通ったのが、ここ南大東島

シュガートレイン跡

島には今でも一部、当時の線路跡が残ります。

シュガートレイン跡

集落にあるプランテーション時代の建物

私たちのまったく知らないところで、わずか100年ちょっとの間に独自の発展を遂げてきた島なんですね。

現在、大東島の産業のメインは農業で、その9割をサトウキビ産業が占めます

役所や郵便局、スーパーなどが点在する島のメイン通り。

一面に広がるサトウキビ畑はなんともフォトジェニックで、その風景写真だけを眺めていると沖縄というイメージですが、これがなかなか、知れば知るほど沖縄とは違う島であることがわかるのです。

小林繭
東京生まれ、湘南生息中のフリー編集ライター。沖縄、ハワイ、島、旅モノやロハスネタを発信中。All About沖縄ガイド。目下、踊れる編集ライター目指し趣味のフラメンコに取り組む日々。

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