これが日本の美女。古今東西「美人」と呼ばれた女性たちの変遷

2016.08.03

明治の美人

明治時代の美女たちは現代人から見ても、ハッとするような美人ばかりです。明治時代はご存じのように西洋文化の影響を受け、服装も和服から洋服を着用し始めた時期です。今までは和服美人が多かったのですが、明治以降はモダンな美女の登場です。古風な面影を残しながら、新たな時代に進化中の美女といったところでしょう。

明治の代表的な美人といえば、先ほども紹介しましたが、政治家、外交官の陸奥宗光の妻、陸奥亮子です。

ハッとするような美しさ 陸奥亮子(東京出身)

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image by: Wikipedia

1888 年、33歳頃の写真ですが、大きな瞳に、シャープな顔の形。写真からでも気品が漂います。もし彼女がいま目の前に現れたら、目を奪われるのではないでしょうか。美しさだけではなく、聡明でもあったというから文句のつけどころなし。「駐米日本公使館の華」と呼ばれ、海外からも評判だったそうです。もともとは芸妓でした が、のちに日本赤十字社の写真として奉仕活動にも力をいれていたようです。

気品漂う鍋島 榮子(京都出身)

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image by: Wikipedia

侯爵の鍋島直大の妻。外交官夫人の草分けとして活躍し、「鹿鳴館の華」とも呼ばれたそうです。気品が漂い、エレガントな佇まいがいいですね。

日本一の美女として人気だった 芸妓の萬龍(茨城県鹿島郡東下村 出身)

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image by: Wikipedia

芸妓の人気投票「日本百美人」で9万票を得て第1位を獲得したツワモノ。三越のポスターにも登場するなど、明治末に大人気だった芸妓さんでした。

そして、明治時代のミスコンテストに出場した3名も美人と評判です。

明治時代のミスコン出場者 3名

西村志可子(滋賀県出身)

林玉子(石川県出身)

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 image by: Pinterest 

野々村サダ子(山形県出身)

ジモトのココロ編集部
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