小豆島なしに大阪城はアリエナイ!?迷路のまちで見つけた意外な関係

2016.04.04
小豆島なしに大阪城はアリエナイ!?迷路のまちで見つけた意外な関係「迷路のまち」パンフレットの表紙もここ!

こんにちは、ジモココ編集長・まつこです。香川県の小豆島をフラフラしている私、今日は「迷路のまち」へやって来ました。細い路地が枝分かれするように四方八方に伸びるこの一帯は、一度入ると方向感覚がズレて迷子になる人続出なんだそう。

小豆島なしに大阪城はアリエナイ!?迷路のまちで見つけた意外な関係

「迷路のまち」入口へ

入り口の地図を見たところ大して難しそうでもなかったので、たかをくくって地図なしで入り込んで見ると…

小豆島なしに大阪城はアリエナイ!?迷路のまちで見つけた意外な関係

先の見えない、まさに「迷路」

「この家ほっそい! そして、この先を進んでしまったら戻ってこれない気がする…」

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2手に分かれた道、どちらが正解…?

「あれ、どっちに行くんだっけ…」

頭の中の地図が全然アテにならないまま、さまよう事30分。

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危ない危ない…。どこにもたどり着かなくて、あやうく昼からスナックでより道するところでした。

迷路のまちは迷路の達人に聞け!

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小豆島迷路のまちのボランティアガイド・松尾峰生さん

案の定「迷路のまち」で迷子になってしまったので、ここは達人に案内をお願いするしかないようです。ということで今回ガイドをしていただいたのが、小豆島迷路のまちのボランティアガイド・松尾峰生さん。

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この先もY字に道が分かれた三叉路になっています

小豆島の西側、日本一狭い海峡としてギネス記録にも認定されている「土渕海峡」の真横に位置する「迷路のまち」は、東西600m南北300mに細い路地が張り巡らされています。そしてこの地で迷子になりやすい大きな理由は、道がみつまたに分かれた三叉路だらけだからなんだそう。

かつて南北朝の時代、小豆島は王権の存亡をかけた動乱の戦いの地でもありました。攻防戦の防御策として、道を細い三叉路にすることで、大人数の敵の数を分散させる役割があったと言われています。

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さらに松尾さんの話によると、小豆島の自然環境も影響しているそう。小豆島の海に近い土庄地区は山と海からの強風が吹きつけ、また潮風は家屋が傷む原因にもなります。この地域では、風から家屋などを守るため三叉路の道をつくり、強風を弱めていたと言われています。こうして全国的にも珍しい複雑なまちの作りが、小豆島・土庄町本町に生まれました。

かつての港町は迷路のまちにあった

船舶が行き来する「海峡」が近くにあることからも分かる通り、この周辺もかつては港町。港が現在の土庄港へ移動し、周辺の土地も埋め立てられたため海から距離があるように見えますが、「迷路のまち」にはかつての面影を残すものが点在しています。

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例えば、この地でアートギャラリーやカフェなどを複数展開している「MeiPAM」のギャラリースペース「MeiPAM2」の建物は、船で運搬する醤油や米を保管する倉庫でした。当時は20軒ほどあったそうですが、現存するのはここだけ。

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「迷路のまち」のいたるところで見かける、独特な顔のお地蔵さん「招き地蔵」。海苔の養殖で使われていた「ブイ」を使って、地元の土庄高校の生徒が4年かけて1つ1つ手作りしたもので、道や民家の隅っこなどに、約1200体隠れているそうですよ!

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手前だけでなく、写真中央にも、石で蓋をした井戸があります

度々水不足に悩まされていたという「迷路のまち」。町中には、いくつもの井戸がまだ現役で残っています。さまよっていると、いたるところに蓋がされた井戸を見つけられるはず。

「迷路のまち」の目印を目指せ!

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「迷路のまち」パンフレットの表紙にもなっています

足元ばっかり見ていると、自分がどこへ歩いているのかわからなくなるので、ここでは大きな目印「西光寺の三重塔」を目指して歩くのがコツ。

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高野山真言宗の仏教寺院「西光寺」は、小豆島八十八ヶ所巡りの五十八番札所です。鐘楼門の上部には色鮮やかな干支の絵柄が描かれているので、見てみてくださいね。

ボランティアガイドと一緒にまちを回る醍醐味は、観光ガイドには載っていない裏情報や歴史も教えてくれるところ。西光寺の外壁を一周するだけでも、小豆島ならではの歴史が垣間見えます。

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西光寺を壁沿いに歩くと見つかる石工の墓

「かつて小豆島には石工さん達が2万人ほどいたのですが、石を相手にする仕事ということで事故がよく起こり亡くなる方も多くいたんです。これは1585年頃、大阪城建設の頃につくられた彼らの供養塔なんですが、よく見ると十字架のように見えませんか? これが明らかな十字架だったら、1612年の徳川幕府による禁教令の際にこの墓はなくなっていたでしょう。小豆島には隠れキリシタンが多く住んでいて、キリシタン大名の高山右近もこの地に隠れ住んだそうです」。

小豆島の石を大阪城へ!その拠点ここにあり

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加藤清正が寝泊まりをした家、焼き板で真っ黒な外観が特徴的

1583年に築かれた大阪城の石垣の一部は、小豆島で採石された石が使われています。当時に採石されたものの、結局大阪城へ行けなかった石が島内各地に転がっていて、それらは「残念石」なんて言われているんだとか。そして「迷路のまち」には豊臣秀吉から命を受け、採石を指示した加藤清正が寝泊まりをしたと言われる家があります。

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井戸の蓋が壊れそうになるハプニングも

家の中へ入ってみると、加藤清正の面影は流石にありませんが、かつて生活していた昭和時代の面影も。中庭には竈(かまど)が羽釜付きで残されていたり、水の張った井戸が現存していました(ボランティアガイド同伴のみ観覧可)。

「咳をしても一人」尾崎放哉の晩年がここに

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迷路のラストを締めくくるのが「尾崎放哉記念館」です。「咳をしても一人」「いれものがない両手でうける」などの句で有名な、自由律俳句の俳人・尾崎放哉が晩年をここで過ごしました。

鳥取県で生まれた後、東京帝国大学法学部を卒業、大手保険会社に就職というエリートコースを歩んだ尾崎放哉。エリートかつクセのある性格ゆえの人間関係のもつれが原因で、突然その道を外れて俳句三昧の放浪の日々を送ることになったそう。

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尾崎放哉は記念館横の墓地で眠っています

晩年は病気療養もかねて小豆島を訪れ、西大寺の奥の院で寺男として住み込むことになりました。しかし病床に伏していたこと、自由奔放な性格ゆえ仕事もせず俳句三昧だったことから、生活はかなり困窮していたそう。病気か、はたまた貧窮の極みに亡くなったのか、享年41歳でこの世を去りました。

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ところで尾崎放哉の眠る墓地に、謎のピラミッドがあるのに気付きましたか? 小さなお墓が段々に積み上がったこれは、供養する身寄りもなく亡くなった無縁仏の墓なんです。土地の少ない小豆島の墓地には、このようなピラミッド状のお墓が当たり前にあります。西光寺の墓地には、香川県・善通寺を向いた空海が頂上に構えるものも。

迷路を抜けたら…

狭い路地をひたすら歩き「迷路のまち」をたっぷり彷徨ったので、なんだか広々としたところに行きたくなりました! ということで向かったのは尾崎放哉記念館から徒歩5分、小豆島を訪れてここに来ないカップルはいない「エンジェルロード」です。

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1日2回、干潮時に海の中から現れる砂の道は恋人の聖地として知られていて、映画「ぼくとママの黄色い自転車」「瀬戸内海賊物語」のロケ地にもなっています。大切な人と手をつないで渡ると天使が舞い降りてきて、願いを叶えてくれると言われているロマンチックな場所です。

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取材で訪れているので、もちろん恋人が隣にいるわけもなく…。手を繋いで仲良く渡るカップルを横目に対岸まで歩いてみました。開放感を味わいに来たのに、なんだかモヤモヤしてくるのはどうしてでしょう(泣)!!

いつか未来の恋人と迷路を彷徨いに来たいと、こっそり心に決めたのでした。

PR:香川県小豆島町

>>この記事が掲載された「ジモトのココロメルマガ04/06号」その他の記事を読む

迷路のまち

住所:香川県小豆郡土庄町
アクセス:土庄港から車で5分、土庄町役場よこ
公式サイト: http://tonosho-shokokai.com/meiro/
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まつこ
おんせん県(大分県)生まれ。 好きな大分料理は「吉野鶏めし」、もちろん冷蔵庫に「かぼす胡椒」は欠かせない。現在は、持ち前の酒飲み女っぷりを発揮し、東京の飲み屋をさまよう日々。

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