牛丼は人気チェーン店だけのものじゃない。伊勢の老舗で味わう1000円牛丼

2017.08.28
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有料メルマガ「あるきすと平田のそれでも終わらない徒歩旅行~地球歩きっぱなし20年~」の著者で、富山名物「入善ジャンボ西瓜」の収穫作業を終えたばかりのあるきすと平田さん。お盆休みに三重県の伊勢神宮を尋ねました。伊勢の有名老舗店の牛丼の味と色合いに圧倒されたようです。

 

伊勢神宮で参拝したあとに食した老舗店の「牛丼」が忘れられない!

お盆が終わりましたね。 みなさんはどう過ごされましたか?帰省に墓参り、国内・海外旅行、海水浴に山登り、ナイトプールやテーマパークめぐり。 暦どおりの出勤日という方々も多かったようですね。 墓参やお寺での盂蘭盆会参加、高校の同窓会や帰省した同級生たちとの飲み会などお盆の恒例行事を早々に済ませ、降って湧いたお盆休暇の8月14~16日の2泊3日で友人親子とクルマで伊勢参りに行ってきました。

 

実は40年以上前、たった一度だけ伊勢神宮に詣でた記憶がかすかにあります。 当時名古屋在住だった叔父一家と電車で行ったことも覚えています。 たしか海か大きな池のそばの玉砂利の参道を歩いたような。 

しきたりに則ってまずは外宮(げくう)から。 外宮の主祭神は女神の豊受大神(とようけのおおみかみ)。

伊勢神社外宮

朝早いせいか、伊勢神社外宮の境内は人影もまばら。 でも空気がうまい

衣食住やあらゆる産業の守り神である豊受大神を祀る外宮は商売人に人気があるとのことですが、僕たちが到着したのが午前9時過ぎと早い時刻だったせいか、広い境内は閑散としていました。

伊勢神宮

外宮正宮前の参拝所。 この鳥居の先は撮影禁止で正宮自体は眺めるのみ

 

自分の記憶の中の伊勢神宮詣でのシーンを思い浮かべつつ歩いたものの、まったく重なる場所がありません。 あのときは外宮を素通りして内宮だけ参拝したのでしょうか。

外宮と内宮(ないくう)は5キロほど離れているのでクルマで移動し、内宮近辺にちらばる駐車場があちこちで満車を告げだしたころ、内宮鳥居前町のおはらい町にほど近い駐車場を無事に確保し、ぶらぶら歩いておはらい町とおかげ横丁へ

五十鈴川に沿って延々800メートルも続く石畳の通りの両側には切妻・入り母屋造りのレトロな家屋が軒を連ねるおはらい町伊勢志摩の江戸・明治時代の建築物を移築した建物がひしめくおかげ横丁も、まだ10時過ぎだというのに多くの観光客や参拝客で賑わっていました。 

鳥居前町

レトロ調の家々が建ち並び、多くの人出でごった返す鳥居前町のおはらい町

いわゆる門前町で、ここには赤福はじめ伊勢志摩のあらゆる名産名物がそろっています。 

まずはブランチ。 明治42年(1909年)創業の老舗伊勢牛料理店豚捨(ぶたすて)おかげ横丁店」に入店しました。 

前夜は豚肉で失敗したので伊勢牛でリベンジです。 それにしても豚捨とは変わった屋号です。

なんでも豚を飼って食肉店を始めた創業者の名前が捨吉(すてきち)で、「豚肉の捨吉」から屋号となったそうですが、一説には豚肉と一緒に売られていた牛肉のほうが豚肉より圧倒的に美味くて豚肉を捨ててしまったから「豚捨」になったとか。創業から1世紀も経過するといろんな伝説が付与されるものです。

 

趣ある木造家屋の2階へ案内されると、よく効いた冷房が蒸し暑い中を徘徊して火照ったからだを心地よく冷やしてくれます。

豚捨の人気メニューは伊勢牛の牛丼。

牛丼

運ばれてきた牛丼。 丼のデザインや色合いも老舗にふさわしい

それにしても牛丼といえばチェーン店のそれしか浮かばない貧相な頭の持ち主であるわれわれ3人は、丼の蓋を取って中身と対面した瞬間が忘れられません。

「これって牛丼? すき焼き丼じゃないの?」

豚捨の牛丼

これが豚捨の牛丼。 湯気立ち上り、濃厚な味付けだと一瞬でわかる色合い

それもそのはず、肉が、濃厚に煮詰めたような飴色をしています。 そして湯気とともに鼻孔を優しくくすぐる甘じょっぱい匂いがほんわかと漂ってきました。

その色合いと匂いに圧倒され、いよいよひと口、口にふくんだとたん、

美味しい!

3人が異口同音に発していました。

僕が見たふたりの顔はパッと花が咲いたように輝いています。 もうこれ、未体験ゾーンの牛丼の味です。 ちなみにお値段は赤だし付きで1000円。 でも決して高く感じません。

「恐るべし、豚捨の牛丼!」であります。

なんだか、四日市の敵を伊勢で討った気分でした。全員、ペロリと完食! 

大盛りにすればよかったと後悔しきりでした。
 

あるきすと平田のそれでも終わらない徒歩旅行~地球歩きっぱなし20年~
1962年4月13日富山県魚津市生まれ。横浜市立大学卒。大学1年で横浜から富山まで東海道・北陸道経由で18日間歩き、3年のとき東京深川から山形県鶴岡市まで23日間かけて奥の細道を歩いたことで、徒歩旅行の魅力にハマる。卒業後は中国専門商社マン、週刊誌記者を経て、ユーラシア大陸を徒歩で旅しようと、1991年ポルトガルのロカ岬を出発。おもに海沿いの国道を歩きつづけ、路銀が尽きると帰国してひと稼ぎし、また現地へ戻る生活を約20年間つづけている。

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