かつて「地図から消された島」が大人気。伝説のうさぎ島を訪ねて

2016.11.09
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通称「うさぎの島」と呼ばれる、広島県にある有人島をご存知でしょうか?その名の通り、うさぎが多く生息している島なのですが、ここ数年その様子が動画サイトに投稿されるなど、最近では国内からだけではなく、海外からも多くの人が訪れるようになったのだとか。かつては地図から消されていたとも言われているこの島。一体なぜそんなにうさぎが生息しているのでしょうか?その謎を解くために、いざ大久野島へ。

瀬戸内海に浮かぶ「うさぎの島」をサイクリング

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今や「うさぎの島」として世界的に知られるようになった広島県竹原市忠海町の大久野島(おおくのしま)。YouTubeに投稿された動画が大ブレイクし、外国人も多く訪れる島になって数年が経ちました。

実は祖父母の家が竹原市内にあったことから、私は10本の指じゃ数えきれないほど、何度も大久野島に渡っていますが、まさか世界からたくさんの人が忠海(ただのうみ)の桟橋で長い行列を作るようになる日が来るとは…。乗船券を販売する忠海港回漕店の方によると、お客様は外国人が3分の1を占めるとか。

その大久野島は瀬戸内海に浮かぶ、周囲4.3kmの小さな島です。広島側からは広島県竹原市の忠海港から、四国側からは愛媛県大三島の盛(さかり)港から渡ります。島に住みついているうさぎは、忠海町の小学校で飼育されていた8羽のうさぎが放され、繁殖したと言われています。うさぎの種類は穴うさぎで、現在約700羽が生息中。

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忠海港から船で約15分で到着する「うさぎの島」としてのどかな顔を見せる大久野島ですが、実はなんとこの島、1929年に日本陸軍の毒ガス工場が建設され、第二次世界大戦末期までここで毒ガスが製造されていた歴史があります。戦前、中・高時代を過ごした方は、対岸の忠海から大久野島まで学校の体育の授業で約3kmを遠泳したこともあったそう。島が国民休暇村に指定されたのは戦後で、1934年に「瀬戸内海国立公園」となりました。
リゾートアイランドらしく、島内には民家はなく、車も休暇村関係の車しか通行できません。最近はキャンプ場もオープンし、利用者も多い様子。途中、女子2人でキャンプする方たちにも出会いました。

今回、自転車で島一周に挑戦してみました。大久野島の第二桟橋からレンタサイクルが借りられる宿泊施設「休暇村 大久野島」までは徒歩約15分。桟橋と国民休暇村宿舎まで、無料のバスが運行しているのでそれを利用することもできます。

島に降り立つと、すぐにうさぎ達と出会えます。皆さん、エサを持参しています。

すぐそこにうさぎがいっぱい

上記の写真のように、スカートに乗るなど、人慣れしているうさぎもけっこういます。

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さて、休暇村まで歩いていると、海岸沿いにこんなウサギの耳を模したオブジェが。これ、なんだと思います?

うさぎの耳型の集音器

これは「集音器」。うさ耳に頭を入れると音を聴くことができます。風のハミング、海水の歌声といいましょうか、海と風の音が集まり、自然の音をが楽しめるのです。

集音器に耳を傾けると、波や風の音を感じられる

自ら掘った穴に身を沈めているうさぎの姿が見える芝生広場で会ったのは、東京在住のカップル。ヨーロッパ出身の彼がどうしてもうさぎに会いたいからと大久野島を旅先に選んだそうです。

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穴に身をひそめるうさぎたち

彼らの持ってきたレタスや人参に、うさぎたちはワシワシと食らいついていました。

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御田けいこ
人生の設定は「いつでも、どこでも、食いしん坊バンザイ!」。人に会い、土地を歩き名物にふれ、郷土の味をあじわいつくす、をテーマに今日もどこかを踏みしめ歩いています。広島県生まれ。

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